相手の言葉ではなく行動を見ることの大切さを学んだ。

12年前にアメリカ人男性とお付き合いしていました。
仕事仲間からの紹介で知り合った彼は銀行のコンピューターシステムの開発に携わっているという物静かな7歳年上の人でした。
冗談も好きでお互いに観たことのある映画や読んだことのある本などいろんなものの趣味が合い、すぐに意気投合することができました。

最初に会ったのは彼が会議に出席するために日本に来るついでに休暇を取った際のことでした。
仕事仲間から「あなたと彼は絶対に気が合うから」と言われたものの、はっきりいって外国人男性と付き合うことに興味はありませんでした。
国際恋愛・結婚の大変さをいろいろ聞いていたこともあり、「私はそんなめんどくさいことしたくないわ」という感じだったのです。
だから有名な観光地を案内したり美味しい食事処を紹介するいわゆるツアーガイド的な感じでいいかな、と思って会うことにしました。

ところが実際に会ってみるとお互いに気に入ってすぐにメールアドレスを交換、それからはアメリカと日本の長距離恋愛の形になりました。
毎日のメールやチャットはもちろん、お互いの休暇のたびにどちらかが相手の国に行ったりという方法でお付き合いを深めていったのです。
そういう関係が2年続きました。
やがてもう少しで3年目、という時に彼からプロポーズされたのです。

さすがに外国人だけあって、彼からのメールはいつも「好きだよ」「愛している」の言葉が満載でした。
会えばいつも優しくて笑顔、私も嬉しかったのです。
ただ、今思い返してみるとなぜか私は笑っていても気持ちの中にもうひとつしっくりこないというか、なんとなくよくわからない不安のようなものがありました。
その時は「ただ遠距離でいつも一緒にいられないから」と無理やり不安を押し込めるようにしていました。

ある時ふと言葉では好きとか愛してるとか言ってくれても、それに伴う「行動」がないな、ということに気が付いたのです。
一緒に歩いていても手をつなぐこともなければ、ハグも会った瞬間と別れ際だけで映画で観るような「恋人同士」のボディランゲージがなかったのでした。

本当ならこの時点で気づくべきでした。
彼には何等かの理由があって、言葉では愛してると言ってもそれは心からではない、ということに気が付くべきだったのです。
何かおかしい、と思って考えて「あ、もしかして」ということに思い至ったらそこで彼に確認するなり自分で距離を置く決断をすべきでした。
いつも「そんなことはない」と不安を押し込めていたために言ってみればお互いの貴重な時間、本当の出合いがあったかもしれない時間を無駄にしたかもしれません。

この時に「男性の言葉ではなく行動を見なくてはならない」ということを知っていたら、不安を感じることもなかったでしょう。
「この恋は本物じゃない」とわかったはずですから。